来年は丑年です。
この記事は Agent Grow Advent Calendar 2020 16日目の記事です。
いわゆる「家畜/産業動物」として、私たちの経済活動とは切っても切れない関係にある「牛」。
乳牛の代名詞である「ホルスタイン」や日本各地の名産品ともなっている「ブランド牛」など、私たちの生活にも身近な存在ですよね。
そんな牛ですが、スーパーやレストランで目にするのは「切り身」の状態。
「生き物」としての牛の仲間となると、意外に存在が知られていないのではないでしょうか。
可愛い子牛はドナドナのように売られていくのか?
牛に抱くイメージと言えば、「体が大きく」、「鈍重で」、「穏やかな働き者」といったところでしょうか。
干支の説明でも、その特性が色濃く表れていますよね。
実際のところ、ウシの仲間は世界中に分布しており、驚くほど多様に進化しています。
各地の動物園を巡っていると、「ライオン」や「チーター」、「キリン」や「ゾウ」といった「花形の動物たち」と比べ、牛の仲間たちはひっそり片隅で飼育されているのに気付きます。
牛の仲間は陰に隠れ、殆どの人の記憶に残ることはないのではないでしょうか。
しかしながら、今年は牛の年。
その昔、干支を決める時に神様は言いました。
「元日の朝に、私の元に新年のあいさつに来た動物は、12番目までその年の動物たちの大将にしてやろう」
えっ…ワタシの時代が来ちゃう?
そんな2021年を代表する「動物たちの大将」である牛たち——「ウシ科」の動物について、各地の動物園と共に紹介したいと思います。
いつの日か動物園に行った時に、いつもより少し長めに牛の仲間たちの前で立ち止まって見て貰えたら……。彼氏彼女やご家族に、ウシの蘊蓄を披露して頂けたら幸いです。
エランド
(写真は那須サファリパーク@栃木県。他に東武動物公園、よこはま動物園ズーラシア、天王寺動物園など)
ウシ目(鯨偶蹄目)ウシ科エランド属。
アフリカに住んでおり、オスは最大で肩まで180センチ、体重1トン近くに達する大型のウシの仲間です。
比較的多くの動物園で飼育されており、キリンやシマウマに交じって飼育されている事もしばしば。
その名前はオランダ語で「ヘラジカ」を意味するのですが、実は鹿ではなくれっきとした牛の仲間です。
ウシの仲間とシカの仲間、その見分け方は「角」にあります。
角が枝分かれしているのが「シカ」で、枝分かれしていないのが「ウシ」です。
エランドは枝分かれしておらず鋭く伸びた捩じれた角を持っており、彼らは間違いなくウシの仲間なのです。
一見穏やかに見えますが、そこはライオンやブチハイエナ等の強力な捕食者が住むアフリカの住人。
この巨体で2メートル以上ジャンプする事ができ、時速20キロ程度の速歩で長時間の移動が可能……という持久力の持ち主です。
また、牛乳ならぬエランド乳は栄養価が高く、アフリカでは家畜化の試みがされているそうです。
ブラックバック
(写真は那須サファリパーク@栃木県。他に東武動物公園、姫路セントラルパークなど)
ウシ目(鯨偶蹄目)ウシ科ブラックバック属。
その名の通り、背中側が焦げ茶色~黒で腹側が白い毛皮をした中型のウシの仲間です。
ぱっと見た感じでは、アフリカに住んでいるインパラやトムソンガゼルと間違えそうになりますが、こちらは「インドレイヨウ」とも呼ばれる通りアフリカではなくインドやネパールの草原に住んでいます。
ちなみに、2020年現在、日本ではインパラを飼育している動物園はありません……。1)ちなみにインパラもウシ科の仲間です!
非常に長くて「コルク抜き」のような捩じれた角をしており、群れを作って暮らし、時速80キロにも達する俊足の持ち主である……という点もアフリカのインパラ達とよく似た特徴ですね。
このブラックバックが干支のウシ科代表だったら、恐らく殆どの動物は追いつけなかったでしょう。
すらりとした体形からやはり鹿によく似たシルエットですが、こちらも枝分かれしない角を持つれっきとしたウシの仲間です。
ヒンズー教の神話ではブラックバックはしばしば神々の乗り物として登場しており、藩王国の紋章に使われるなどインドでも親しまれた動物です。
ターキン
(写真は多摩動物公園のゴールデンターキン。他によこはま動物園ズーラシア、アドベンチャーワールドなど)
ウシ目(鯨偶蹄目)ウシ科ターキン属。
インド北西部から中国四川省などの険しい山岳地帯に住んでいる、体重400キロほどの中型のウシです。
アフリカのエランドとはうって変わって寒い地域のウシなので、全身の体毛が発達しており長くて平べったい顔と合わせて彼らの特徴となっています。
標高1500~3000メートルを超える高山を生息地にしているだけあって、寒さにはとても強いウシです。
険しい山岳地帯を行き来するために蹄が発達していて、特徴的な平べったい顔も冷たい空気をすぐに吸い込まないように鼻の奥の広い空間で温める為のものです。
また、全身から油分を発していており、毛にまとわりつくことで冷たい雨などを弾く効果がある一方、これが強烈な臭いの元になっているのだとか。
ヤク
(写真は那須サファリパーク@栃木県)
ウシ目(鯨偶蹄目)ウシ科ウシ属。……ウシです。
インド北西部からチベット、中国の高山にある草原や岩場に住んでおり、こちらも長い毛に覆われている通り、寒く厳しい高地の環境に適用した姿となっています。
野生種ではオスは肩までの高さが2メートルにも達し、体重は1200キロにもなります。
これらの地方ではヤクは家畜として数多く飼育されているのですが、野生種のヤクは数を減らしており絶滅が心配されています。
ターキンよりさらに空気の薄い3千~5千メートルの樹木の無い高山を生息地としており、その特徴から同じサイズの牛よりも心臓や肺が巨大という特徴があります。
この写真は白黒でホルスタインのような模様の「家畜種」なので小ぶりですが、「野生種」と呼ばれる種類は黒茶の体毛でアメリカバイソンに匹敵するほど大型になり、種としても別物と区別されています。
アジアスイギュウ
(写真はアドベンチャーワールド@和歌山県)
ウシ目(鯨偶蹄目)ウシ科アジアスイギュウ属。
インド、タイ、ネパールなど東南アジアにかけて広く分布したスイギュウです。
体重はこちらもオスで1200キロに達するウシ科の中でも最大の種のひとつで、東南アジアの草原や沼、河川の周辺に生息しています。
その角も巨大で気性も荒く、同じ地域に生息するトラであっても容易には手出しできないほど。
ちなみに「水牛」と言われているものの一般的な牛との間で子供を作ることはできず、種としては別物です。
私たち日本人にはあまり馴染みがない動物ですが、牛よりも粗食に耐え沼地や水辺に強いため、インドや東南アジアでは古くから家畜として利用され、肉や牛乳などが消費されてきました。
ヒンズー教では牛は聖なる動物ですがスイギュウはその限りではないそうで、主に国内のイスラム教徒や外国人向けにスイギュウが食肉として流通しているそうです。
ニホンカモシカ
(写真は埼玉こども動物自然公園@埼玉県。他、上野動物園や井之頭自然文化園など)
ウシ目(鯨偶蹄目)ウシ科カモシカ属。
日本に生息するウシの仲間、カモシカです。
名前に「シカ」と付いていますが、分類上はカモシカもれっきとしたウシの仲間です。
肩までの高さが68~75センチメートル、体重が40キログラムほどと、これまで紹介してきた牛の仲間の中では一番の小型です。
日本の固有種で、標高1500~2000メートルの森林に生息し、古くから日本人に親しまれてきました。
その一方で、農業に被害を与える事から農業害獣ともされており、金網やネット、電気柵などで入れないようにしたり、追い払ったり全国的に対策がされています。
特別天然記念物で保護されている動物でありながら、数が増えると農家への被害も深刻化するなど、野生の動物と人間の関係は一筋縄ではいかない難しさを実感します。
アメリカバイソン
(写真は上野動物園@東京都。他に東武動物公園、東山動植物園など)
ウシ目(鯨偶蹄目)ウシ科バイソン属。
アメリカやカナダの草原に生息する、大型のウシの仲間です。
角は短く、一方で盛り上がった背中、厚い剛毛に覆われた全身が特徴です。
激しい頭突きを可能とする巨大な頭、そしてそんな重い頭を支える筋肉が首筋にぎっしりと詰まっています。
かつては乱獲と家畜のウシからもたらされた伝染病によってわずか541頭という数にまで減少しましたが、保護された現在は野生下で3万頭、家畜として50万頭が飼育されるまでになりました。
アメリカバイソンもその巨体ながら走る速さは時速65キロにも達し、垂直に1.8メートルもジャンプするほどの脚力があります。
天敵の灰色オオカミに襲われた時は、その脚力で蹴り上げて追い払おうとします。
また普段はのんびりしているように見えても、野生動物なので人間が近付くと身の危険を感じて追い払おうとするようです。
実際、アメリカのイエローストーン国立公園では、「クマよりもバイソンによる負傷者の方が3倍も多かった」という調査結果があります。
アメリカではバイソンの肉が一般的に販売されていて、普通に食べる事が出来るそうです。
シロオリックス
(写真はアドベンチャーワールド。他に千葉市動物公園、多摩動物公園、羽村市動物公園など)
ウシ目(鯨偶蹄目)ウシ科オリックス属。
野生では絶滅してしまった、白く美しい毛皮と長く緩やかに湾曲した角が特徴的なウシの仲間です。
かつてはアラビア半島からアフリカ大陸の砂漠に生息してしましたが、今では動物園や一部の保護地区の中だけの存在となってしまいました。
その角の形状から英語ではシミター(曲刀)オリックスとも呼ばれています。
砂漠など高温で乾燥した環境に強く、水を長期間飲まずに過ごしたり、体温が46度に上昇するまで耐える事ができます。
日本の動物園では比較的目にしやすいのですが、現地では野生個体が絶滅してしまったという大きな問題を抱えており、保護地区に残された個体から再び野生に戻す試みが行われています。
ヤギ
(写真は日立市かみね動物園@栃木県。他、様々な動物園でヤギは飼育されています)
ウシ目(鯨偶蹄目)ウシ科ヤギ属。実はヤギもウシの仲間です。
ウシ科の特徴である、「枝分かれしない角」という特徴をヤギも持っています。
日本では牛と違って食肉や乳を利用する歴史がほとんどなく、どちらかと言えば除草係やペットとしての飼育などが有名ですよね。
家畜としての歴史は非常に古く、紀元前7000~9000年前にはすでに家畜の利用が始まっていたと考えられています。
その為、現在牛乳から作られているバターやチーズなども、もともとの起源はヤギの乳で作られたものと言われています。
ちなみに、日本の干支では同じくウシ科の「羊」が別枠でランクインしていますが、中国語では「羊」にはヤギを含んでいるそうです。
さらにベトナムの干支では、明確に「ヒツジ」ではなく「ヤギ」が選ばれているそうです。
ホルスタイン
(写真は市川市動植物園@千葉県。他、埼玉こども動物自然公園など)
ウシ目(鯨偶蹄目)ウシ科ウシ属。
日本人なら誰もが「乳牛」と聞いて想像する「ウシ」の代表格。それが牛の品種のひとつ「ホルスタイン・フリーシアン」です。
その体格は大柄で、オスは肩の高さまでが160センチ、体重は1トンにまで達します。
「乳牛」として知られる通り、すべてのウシの中で最も牛乳を生産する能力が高く、年間5~10トンもの牛乳を絞る事ができます。
日本の乳牛の98%がこのホルスタインであり、日本の牛乳産業を支えている存在と言っても過言ではありません。
メスは乳牛として利用される傍ら、オスはブランド牛の一環として食肉に利用されています。
そして乳牛も5~6年が経過すると、乳廃牛として食肉に回されます。
この写真の子は2017年生まれの「しぐれ」という女の子です。
乳牛として飼育されていないので当然牛乳は出ず、お腹周りもすっきりしています。
身体は大きいけれど中身はまだまだ子供っぽく甘えん坊だそうで、人を呼ぶ時によく大声で鳴くそうです。
ウシの本来の寿命は、約20年です。
ちなみに「埼玉こども動物自然公園」では無料で乳しぼり体験ができ2)現在は平日のみ、なんとここで絞られた牛乳がすぐ近くの自動販売機で販売されているのです。
見島牛
(写真は上野動物園)
ウシ目(鯨偶蹄目)ウシ科ウシ属。
弥生時代から農耕の為にわたってきたとされる、数少ない純血の日本の在来種のウシです。
「黒毛和牛」のルーツを語る上で外せない日本の在来種のウシですが、西洋種の影響を受けていない純血種はこの「見島牛」と「口之島牛」の2種しか残っておらず、「幻の牛」とも呼ばれています。
その名の通り、もともと山口県の見島という小さな島で飼育されており、食肉ではなく農耕の為に飼育されてきた日本古来の純粋なウシの一種です。
明治時代以降、ホルスタイン等の体の大きな西洋種が日本に入ってきたこと、そして牛肉を食べる文化が進んだことで肉の需要が拡大しました。
それに応える為、在来牛と西洋種との交配が急速に進んだのですが、この離島の牛だけはその流れから取り残され、日本の在来種としての性質を今に残し続けることができました。
天然記念物に指定されており、体格は小さく、肩までの高さが130センチ程度。体重もホルスタインの半分の500キロに満たない程度しかありません。
ちなみに、島の外に出荷される牛は天然記念物の限りではないそうで、肉質は非常に良く、日本各地のブランド「黒毛和牛」の先祖の性質を残しています。
見島から出荷される年間数頭のみの牛は、これまた「幻の牛肉」として高級牛肉を扱う店やレストランでしか手に入らないそうです。
食肉として交配された訳ではない、古来の役牛の肉の質がいいとは、なんとも皮肉を感じます。
性格は明敏で、人の言う事をよく聞き、狭い見島の地形でも機敏に働く優れた役牛だそうです。
いかがでしたでしょうか。
世界中に分布したウシの仲間から、野生で絶滅してしまったウシの仲間、そして日本の黒毛和牛のルーツを持ったウシなどをご紹介しました。
暑い砂漠から極寒のヒマラヤまで適応したウシは様々に姿を変え、家畜化されたウシは我々の生活に密接に関わってきました。
干支では、牛は「自分は足が遅いので、夜の間に出かけて元日に付くようにしよう」とどの動物より早く出掛けて行きました。
その事から、「先を急がず着実に事を進める、地道に成長を続ける事が大切となる年」であるとされています。
ネズミ年が「機先」や「動乱」を意味するのとは対照的な意味合いを持っていますね。
2020年は誰もが予想だにしなかった新型コロナによる動乱が世界中を襲いました。
今もなおその問題は続いていますが、2021年はそれに対しこの危機に耐えながらも地道に かつ 着実に対処していくまさに「牛歩」の如き対応が必要になる年となりそうです。
とはいえ、牛の本当の姿はこれまでにご紹介してきた通り、世界中に分布し、それらの地域に合わせて巧みに進化する強かさなのかもしれません。
来年の話をすると鬼が笑うと言いますが、来年は2021年丑年。
世界中でいまだ続く未曽有の危機に、ウシの持つパワーを得て乗り切りたいものです。
鬼は笑ってもワタシは笑わないわよ~